カパティランタイムズ3号 2011年9月

//カパティランタイムズ3号 2011年9月

いま私たちがなすべきこと

上期活動報告に代えて

まず統計数字をご紹介する。平成22年度の外国人登録者数213万人の出身国籍別内訳は、フィリピンが21万で中国69万、韓国・朝鮮57万、ブラジル23万に次いで第4位。韓国、ブラジルが減少している一方、中国、フィリピンは増加中。その女性比率はヨーロッパ、北・南米が2~4割、ブラジル46%、中国や韓国が5割強であるのに対して、フィリピンは78%と突出し、ロシア69%、ルーマニア83%、ウクライナ81%、タイ75%に近い。
一方、日本への外国人入国者数944万人の内訳は、中国37%、次いで韓国29%、アメリカ8%、タイ2.5%、オーストラリア2.5%、英国2.0%、フィリピン1.9%。その数はリーマンショックの平成20~21年を除き増え続け、国籍別順位はこの20年変わっていない。入国者の84%は観光や商談など短期滞在を目的とする新規者で、残りが再入国者。新・再の比率は殆どの国が同じだが、フィリピンの再入国者比率は64%で、著しく高い。
国と国との関係は戦争を始め歴史的・文化的背景により一様でないのは当然だが、日比間のそれは、より複雑なものであることが、これらのデータからも垣間見える。カパティランの活動背景とも重なるため、ここでご紹介した。
さて、カパティランは、理事会による新たな運営体制に変更した今年度から、2つの課題に主として取り組んでいる。
一つは、スタッフによる在日フィリピン人等へのカウンセリングや支援など事業の充実であり、この大震災以降、質量ともに深く大きなものになってきている。首都圏に避難してきた被災者支援を皮切りに、物資の搬送や提供、他の支援団体との協働によるカウンセリングツアー、ホットラインの設置などに取り組んできた。
これらの中には、フィリピン大使館や外務省の依頼に基づくものも含まれており、カパティランに対する評価や期待が、今まさにその活動領域を広げていることが分かる。また、こうした被災者支援活動は今後より体系的な、独自性を持ったものに展開していく可能性がある。
もう一つは、組織体制の整備だ。寄付金受入のための銀行口座の開設、運営をより適正にするための制度や規約の拡充、理事の大幅な改選である。これには昨年定めた約款の改正や決裁基準の整備なども含まれる。「今年は日本の寄付文化元年!」などと言われるが、寄付や助成金の受入を円滑にするための法人化の検討も始めている。
このように、上半期は事業内容の充実と組織体制整備を少しずつ進めてきた。しかしながら、今、何よりの課題となっているのは、活動原資の拡充である。10月に開催するカパティランフェスタはその試金石。その準備が佳境を迎えている今、フェスタへのご支援とご協力を、心からお願いします。(理事 鈴木幸夫)
 
 

東北へのミッションの旅

6月4日、ミッション団は東北へ向かいました。東北へ行くのは、私にとって、震災後初めてでした。私たちの主な目的は、カウンセリングをすることと、フィリピン人女性たちとともにタガログ語で礼拝を行うことでした。実は、ミッション団にとっては仙台への旅は2度目でした。最初のミッション団の旅は、フィリピン人が何を必要としているかを判断することが主な目的でした。そのとき集めたデータによれば、タガログ語での礼拝をもっとも望んでいました。さらに、カウンセリングが必要な人たちもいることがわかりました。3月11日の災害でショックを受け、心的外傷を受けていました。何人かの人は震災の前からすでに家族や個人的問題をかかえており、その日の経験が引き金となったのでした。
簡単な自己紹介の後、カウンセラーの一人がカウンセリング中に忘れてはならない重要なことについて説明しました。話したいことだけを話せばいいこと、ほかの人が話したからといって無理に話す必要はないこと、話したいときは話せばよく、話したくないときは話さなくていいこと、などです。その後、5、6人のグループに分かれました。
成果は目を見張るものでした。だれもが話すことを望み、話すことが許されれば、ずっと話し続けます。全ての人に話すチャンスを与えるために、時間制限を設けることが必要でした。おしゃべりの時間や昼食の時間に、ほとんど全ての人が、自分の感情を遠慮なく表現することができて気持ちが軽くなったと感じており、このような機会を与えられたことにとても感謝していると言いました。自分たちの受けた被害は、津波に襲われた人たちや福島原子力発電所の近くに住んでいる人たちほどひどくないことを知って、運がよかった言った人たちもいました。
丸森町のフィリピン女性3人も参加していました。フィリピン人のNGOが来ることを知ったとき、彼女たちは、行って、様子を観察することに決めました。実際は、彼女たちは観察しただけでなく、参加したのでした。そしてセッションを終えて、丸森町でも、このようなこと、すなわち、精神的、心理的サポートが、大きな助けとなるであろうことを、彼女たちは実感したのでした。
私の東北への二回目の旅は、丸森町でした。丸森町は、仙台とはかなり違って、よりひどい状態でした。おそらく、原子力発電所に近く、放射能の影響を心配しているからだったのでしょう。放射能はどのような被害を与えるのか、特に幼いこどもたちにとってどのような影響があるのか。丸森町を離れたくても、家族がいる場合、特にふるさとを離れたくない義理の両親がいる場合は離れることができません。また、多くの人は仕事を失っていました。彼女たちの心配をさらに大きくしているのが、経済的な問題でした。5月に自殺したフィリピン人女性のことは、言うまでもないことでした。
フィリピン人女性たちが一番恐れているのが放射能のことだったので、私たちは放射能について短い説明をしました。説明の後、参加者は小さなグループに分かれ、昼食までカウンセリングをしました。子供たちは子供たちの活動をしました。午後、子供たちは歌を歌いダンスをしました。子供たちの顔はかがやいていました。こどもたちが歌い踊り笑うのを見た母親たちは、幸せそうでした。礼拝の後、救援物資を配り、私たちは東京へ戻りました。
7月30日、私は大船渡市にいました。カパティランのカウンセラーが大船渡を訪問するのは、3回目でした。いつものように、タガログ語で礼拝を行い、カウンセリングと子供たちの活動を行い、午後はこどもたちのプレゼンテーションをしました。何人かのフィリピン人女性によれば、前よりも気持ちが楽になり、現状に慣れてきているということでした。私たちが行っている、精神的、心的、感情的サポートが大きな助けになっているとも言っていました。私たちの活動が、彼女たちの毎日の生活を続ける力となっています。ほとんど全員が、私たちの次の訪問を楽しみにしていると言っていました。私たちは共に微笑み合い、大船渡を後にしました。
私たちは、サポートを続けるために、彼女たちや、いくつかの他の土地をまた訪問する予定で、現在行っているサポートだけでなく、彼女たちが必要なときに自分たち自身で強くなれるようなコミュニティ作りを助け導くためのサポートを行っていきます。(カパティラン スタッフ)